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鈴木タケル

#37『失敗は成功のカギになるのか?』

失敗は成功のカギとは、ゴルフに限らず様々な場面でよく聞く言葉です。
そもそも、目標設定を明確にしなければ失敗もないわけで失敗の多い人程、目標設定や挑戦を繰り返しているともいえます。
また、競技の世界や研究開発に携わる人では、失敗を失敗と受けとらないとする考え方や失敗後の行動でそれが単なる失敗か、もしくは、よい経験だったのかが決まるなど、失敗に対する肯定的な考え方も存在します。
ゴルフでは、目標設定がゴルフスコアという短期的な場合もあり、難しい目標設定よりも達成可能な目標設定を繰り返し、成功体験を増やす方が大切という考え方もあります。
今回紹介する論文では、パット成績の目標設定に対し、達成または失敗が、認知、感情、およびその後のパフォーマンスに及ぼす影響を明らかにすることを目的とした興味深い論文を紹介します(引用1)。

実験参加者
ゴルフ初心者42名の大学生が実験に参加しました。参加者を無作為に2つのグループに分けています。①達成グループ ②失敗グループ

パッティング課題
1.83mからターゲットに向かって打ち、ターゲットに近い程、高得点が与えられました。
6球を1セットとして4セットおこない合計24球をパットしました。
事前に6回のパットがテストされ、合計点数を正確に伝え、4倍した点数を各個人の目標得点として設定されました。
実験では、打ったボールの停止位置を確認できない状態(KRなし:結果のフィードバックなし)でおこないました。

実験手順
➀達成グループでは、6球打つごとに各個人の設定した目標に対して110%成功していることが実際の結果とは関係なく伝えられます。
参加者は、6球ごとに目標の難易度と重要性、および目標達成のための自己効力感を評価するよう求められます。
24球全て終了後に実際の結果に関係なく、110%目標を達成したことを伝え、続けて目標設定のない条件で、さらに24球の実験がおこなわれました。

②失敗グループでも同様の手順で実験をおこないました。
違いは、6球打つごとに各個人の設定した目標に対して90%の達成率を伝え、実際の結果に関係なく目標達成に失敗していることが伝えられます。
24球終了後にも目標達成に失敗していることが伝えられ、続けて目標設定のない条件で、さらに24球の実験がおこなわれました。

認知機能テスト
両方のグループで実験前後にパッティング課題の他に2つ認知機能に関するテストを行いました。1つは、ストループテストと呼ばれる文字の色に対する反応時間を調査しています。
もう1つは、PASATと呼ばれる神経心理学的検査で、持続的注意と分割注意とともにワーキングメモリーを評価するために用いられるテストです。
ある数字が伝えられ、今聞いた数字にその数字を足すように指示されるテスト内容です。

自己効力感
自己効力感とは、目標を達成するための能力を自らが持っていると認識すること、 簡単にいえば、「できる」「達成可能」と思える認知状態です。うまく実行できると考える確信や自信のことです。
 ①達成グループでは、自己効力感が高まりポジティブな感情が生まれました。
 ②失敗グループでは、自己効力感が低下して否定的な感情が増加しました。

パッティング課題
目標の達成失敗は、その後24球のパッティングパフォーマンスに影響することはありませんでした。
つまり、自己効力感の高まりや低下は、その後のパッティングパフォーマンス(結果の向上や低下)に変化を及ぼすことはありませんでした。

認知機能テスト
目標の達成失敗は、その後の認知機能のパフォーマンスには影響しませんでした。
自己効力感の高まりや低下は、認知機能を低下および向上させることはありませんでした。

この研究では、パット結果のフィードバックが与えられず結果の良し悪しに関わらず、設定された個人の目標に対して達成および失敗が事実に関係なく伝えられました。
結果として、自己効力感には大きな影響が確認されましたが、その後のパッティングパフォーマンスや認知機能には、その影響は反映されませんでした。
結果の傾向は短期的な実験におけるものであり、個人差や状況などの要因も複雑に相互作用すると考えられ、失敗はその後のパフォーマンスに影響しないとは言いきれず、結果の傾向は限定的と考えられます。

目標を設定することは、スポーツをはじめ多くの場合、有効な方法として一般的に活用されています。
目標設定理論の提唱者であるロック(アメリカ)とレーサム(カナダ)2人の示す、効果性の基本メカニズムは4つに集約されると考えられています。
・目標は、注意と努力を目標関連行動に向ける
・挑戦的な目標は、モチベーションを高める
・挑戦的な目標は、粘り強さを促進させる
・目標は、行動の開始と計画の質を向上させる

失敗は、怒りや不満などのネガティブな感情を引き起こす、一方では、次の努力を促進させることもあります。
失敗は、成功よりも強い感情的影響を与える場合があります。
具体的には、失敗した経験が頭の中で繰り返し考えられる反復思考に陥り、他の重要な作業に集中することを阻害する注意の分散が起こります。
さらに、作業記憶の容量を無駄に消費することもあります。重要な情報を処理するための容量が失敗の思考に使われてしまい、新しい情報やタスクに対する処理能力が減少してしまいます。
このような成功と失敗のメリットとデメリットから、現代ではどちらかというと達成可能な目標を小刻みに時系列に設定することで成功体験を積むこと(スモールステップ)が重視されているように思われます。
しかしながら、スポーツ競技では、失敗や挫折は、競技力が高まれば誰もが遭遇する必然であり、この時に、最後までやりきる力(GRIT)や、逆境を乗り越える力(レジリエンス)も大切になるため、成功と失敗が複雑に相互作用すると考えられ、今後も議論が継続されていくと思われます。

1. Lebeau, J.-C., Gatten, H., Perry, I., & Tenenbaum, G. (2018). Is failing the key to success? A randomized
experiment investigating goal attainment effects on cognitions, emotions, and subsequent performance.
Psychology of Sport and Exercise, 38, 1-9. https://doi.org/10.1016/j.psychsport.2018.05.005