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鈴木タケル

#29『オーガスタナショナルGCマスターズトーナメントについて』

毎年4月の第2日曜日に最終日が開催されるマスターズトーナメントは、1934年に第1回が開催されてから90周年を迎えます。
1943~45年までは第二次世界大戦のため中止となっていますが、全てのマスターズトーナメントは、オーガスタナショナルGCを会場に開かれています。
4大メジャーの中では、唯一毎年同じコースで同じ時期に開催されているために条件が同じという意味でスコアの分析に適しています。
また、歴史もあり蓄積されたデータも多く、一般公開されている情報も多いことから著者らもマスターズトーナメントについては、何らかの分析を実施したいと考えていました。
ところが先を越されるかたちで2023年に「The effect of weather conditions on scores at the United States Masters golf tournament」というマスターズトーナメントスコアと気象条件の影響についての興味深い論文が国際生物気象学ジャーナルから発表されました(引用1)。
これは、気象学に関するジャーナルでは異例のことで特定のトーナメントに焦点をあて発表された稀な論文です。
今年は一体だれがグリーンジャケットに袖を通すのか?今回は、著者自身が調査したマスターズに関わる情報とマスターズと気象条件に関する論文を紹介することで、マスターズ観戦をより深く楽しむための情報となると思います。

唯一開催コースが同一のマスターズトーナメントですが、会場のオーガスタナショナルGCは、コースのデザインやグリーン芝生品種などの変更は度々繰り返されています。
中でもデータとして示しやすいのはコース全体の総距離です。
図1では、USPGAツアーがドライビングディスタンスの記録を開始した1987年から2023年まで36年間のツアー全体の平均飛距離と同時期のオーガスタナショナルGCの総距離の変遷を示しました(図1.引用2,3,4)。
1987年には6905ヤードだったコースは今年には7545ヤードとなり36年間で640ヤードもコースが延長されています。

一方でUSPGAツアーの平均ドライビングディスタンスは、1990年前後は260ヤード付近でしたが現在では約300ヤードとなり36年間で約40ヤード飛距離が向上しています。
18ホールのラウンドでドライバーを打つホールは、パー3コースの4ホールを除く14ホールと仮定すると、14ホール×40ヤード=560ヤードとなり、オーガスタナショナルの総距離が640ヤード延長された根拠として妥当性があると感じます。
また、常に飛距離が数年先行して伸びていき、それを追いかける様にコースの総距離が伸びているのがグラフから見えてきます。

冒頭で紹介したマスターズと気象条件の影響を調査した論文では、1980年から2019年までの40年間のスコアと気象条件の関係を分析しています。
この論文によれば、平均スコアは、特定の日(1日目~4日目)の日別のラウンドにおけるスコアよりも何日目に関わらず気象条件に大きく依存することを明らかにしています。
この調査では、気温、湿球温度、風速と風向き、同時降水量(プレー中の降水量)、先行降水量(プレー日以前に降った降水量)などがスコアと関連していたことがわかっています。
その中でも第1及び第2ラウンドの予選ラウンドで最も平均スコアを予測した因子は湿球温度でした。
湿球温度とは、空気中の水分量を考慮し、人が感じる温度をより正確に表す指標です。
湿球温度が高ければ高いほど全体の平均スコアはよくなることがわかり、空気中の水分量が多いことでグリーン芝生表面も柔らかくグリーン上にボールを止めやすくなるほか、ガラスのグリーンとして有名なマスターズのグリーンスピードも湿気のため速くならないことがコースをやさしくする要因として考えられます。
マスターズに出場するレベルの選手であれば空気の水分量が多くグリーンが柔らかくなればコース自体はそれほど難しくなく、そういった条件の日に良いスコアを出すことが求められると推測できます。

第3と第4ラウンドの決勝ラウンドでは、スコアを最も予測する因子は、西から東、または東から西に吹く風速でした。
予選と決勝でスコアを予測する因子が違うことは、おそらく決勝ラウンドでは予選を通った調子のよい選手が多く、湿気によりグリーンが柔らかくなることぐらいでは全選手が巧いためスコアに差がつかないと予測され、決勝に進出する選手間で最も技量の差が表れるのが風に対するプレーの適応方法なのではないかと推測されます。
一般的に風が強くなれば乾燥するため湿球温度は下がり、グリーン面は硬くなります。
今年のマスターズでもこのような状況になった時に、各プレーヤーが環境に適応した様々なショットやパットを見せてくれるか楽しみです。

意外なことに同時降水量(プレー中の降水量)は、スコアに強い影響を与えていません。
それは、マスターズの開催期間には、そもそも雨が降ることが少ないことも影響しています。
調査期間40年の中で75%以上のラウンドがドライコンディションでおこなわれ、ウェットコンディションでプレーがおこなわれるラウンド数が少ないことに起因しています。
さらに、激しい降水量が発生する場合、または、霧や落雷の時もプレーが中断されるケースが多いことからも、プレー中の雨がスコアに影響を与えないという事実を説明できます。
むしろ、少量の雨であれば湿球温度が高くなりコースがやさしくなることも考えられます。
マスターズを最も難しくするのは、風の強さとそれに伴うグリーンの乾燥によるグリーンの硬さとスピードと推測され、晴れていたとしてもこのような気象条件の日には、巧くラウンドする選手とそうではない選手の差が大きく表れ、勝敗の分かれ目となりそうです。

図1 USPGAツアー平均飛距離とオーガスタGC総距離の変遷(引用2.3.4より作図)

1.Jowett, H., Phillips, I.D. The effect of weather conditions on scores at the United States Masters golf tournament. Int J Biometeorol 67, 1897–1911 (2023). https://doi.org/10.1007/s00484-023-02549-6
2.Kelly B (2019) The hole yardages and pars at Augusta National Golf Club. [online] LiveAbout. https://www.liveabout.com/what-are-the-yardages-at-augusta-national-during-the-masters-1564592.
3.https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/318527
4. USPGAツアー公式HPドライビングディスタンス1987~2023https://www.pgatour.com/stats/detail/101