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鈴木タケル

#32『VR(仮想現実)での練習効果』

VR(Virtual Reality:仮想現実)AR(Augmented Reality:拡張現実)MR(Mixed Reality:複合現実)は、まとめてXR:クロスリアリティと呼ばれ、近年は運動能力開発や特定のスキルを練習する方法として各分野で活用がはじまっています。
例えば、外科医の特定の縫合練習や航空パイロットの訓練、運動リハビリテーションやスポーツまたは美術でも活用が報告されています。
近年XRの研究は急激に増加し、練習効果の検証としてパッティング課題が扱われることも多いため今回は、XRを活用したパッティングの練習効果に関する論文をいくつか紹介し、今後のXR可能性について検討します。

2021年イギリスの研究では、26名のゴルフ初心者が実験に参加してVR内でのパッティング結果について調査しています(引用1)。
10mのパッティングをVR内に設定し、ヘッドマウントディスプレイを着用してパットをおこない、カップからどのくらい離れたかを誤差と定義して40回の試行をおこなっています。
26名の参加者は、2つの条件でそれぞれ40回のパットをおこない合計の誤差距離を比較します。
条件1では、VR内の映像のみで実際のボールを打った触感(打感)は与えられず、映像の中で自身が打った仮想のボールが転がっていきフィードバックを得ることができます。
条件2では、条件1に加え実際のボールを打った触感(打感)が与えられますが、ボールの結果は同様に仮想のボールが映像内で転がりフィードバックを得ることが可能です。
結果は、条件1のVRのみパットの方が誤差距離は少ない結果を示しました。
この研究では、純粋なVRと触感というリアルに仮想ボールが転がるというバーチャルをミックスしたMR:複合現実が比較されましたが、結果はMRの方が結果は悪くなっています。
しかしながら、この調査では実際のテストもVR内でのテストだったため、条件1の方が結果はよいが、もし10m距離の実際のパットで比較した場合には、また違う結果だったことも考えられ、MR:複合現実の方が練習効果は低いという結論を出すにはまだ早く、今後の研究が期待されます。

2023年アメリカの研究では、68名の実験参加者が無作為に2つのグループに分かれ、それぞれ異なった練習プログラムを実施して検討をおこなっています(引用2)。
グループ①には、市販のヘッドセットを使ったVR 練習を実施し、グループ②には、実際のパット練習をおこない、1.83mから10回のテストを2日間で4回実施して誤差距離を比較しました。
この研究では、テストは実際の1.83m距離のパットが採用されています。
その結果、どちらで練習したグループでも4回のテストで結果の向上が確認されました。
また、グループ間に差がないという結果からVR パット練習は実際のパット練習と同等の練習効果が示されたと報告しています。
この結果のみでは、VR練習の効果が証明されるものではないが、1.83mという比較的簡単な課題であれば限定的とはいえ、一定の効果があると考えらえます。

同じく2023年の研究では、ゴルフパット経験のない21名の大学生を対象に3mの距離から3つの条件においてパットをおこない、条件の違いでパッティングの姿勢に差異が表れるかを検証しています(引用3)。
その結果、実際のパッティング姿勢と比較して、VRとMRのどちらの仮想現実でも姿勢の動きが大きく、規則的で複雑性が低いことが明らかになっています。
これは、仮想現実でパットをおこなう場合、重心の移動距離が多いわりに比較的動きは規則的におこなわれる結果であり、同じ人間が実際にパットした時の姿勢とVR使用時では大きく姿勢制御の方策が異なったことを意味しています。
この結果からは、仮想環境と実際の環境では、基本的な動きの違いが存在する可能性があり、XRのスポーツ指導への応用においては今後に課題が残り、更なる研究の報告が待たれます。

いまのところ現実と仮想現実を高度なレベルで応用している代表的な例はモータースポーツかもしれません。
2023年に公開された映画「グランツーリスモ」では、世界的に大ヒットしたレーシングシミュレーションゲーム「グランツーリスモ」のトッププレイヤーがその後に現実のプロレーシングドライバーとなったヤン・マーデンボローの実話に基づいて描かれています。
この映画の中では、仮想と現実の相違が随所に表現されています。
例えば、仮想にはない身体にかかる重力の問題や恐怖心との闘いが仮想との違いとして、対照的にブレーキ性能などのメカニカルな調整は仮想の知識が現実にも活用できることが表現されています。
また、最近ではゲームのグランツーリスモ世界チャンピオンのイゴール・フラガは、実際のレースでも国内トップカテゴリーに近いドライバーとして、リアルレースとEスポーツの「2刀流」として注目されています。
モータースポーツでは、多くの場合シミュレーターが活用され現実レースの練習に採用されています。
また、韓国ゴルフツアーでは、シミュレーションゴルフのチャンピオンが実際のゴルフツアーでも活躍するという例もあります。
このような成功例は、仮想現実と現実競技との類似性と関係していると考えられ、運動学習の転移をポジティブに活用した例といえます。

運動学習の転移とは、ある運動課題の学習が、後に行う別の運動課題に影響を与える現象を指します。
先行学習が後続学習に対して良い影響を与える場合:正の転移
逆に悪影響を与える場合:負の転移
つまり、XRなど技術を活用して練習をおこなった場合に後の実際の競技に如何に好影響を与えるXR活用が未来に求められています。
運動学習の転移を肯定的に引き起こすためには、①スキル特性 ②環境コンテキスト ③認知プロセス 3つの共通の類似性が必要と考えられています。
この視点から、モータースポーツとXR技術との親和性が高いことから有効活用されていると予測できます。
対照的に、Eスポーツとしてのサッカーや格闘系のゲームでは、実際の競技とXR技術との類似性や親和性が低いことから運動学習の転移現象を引き起こすことが難しいといえます。

  • 仮想現実をゴルフパフォーマンス向上に活用する場合、運動学習の転移についての基本的な考えを理解して応用することが必要
  • 現在の実践活用例から仮想現実だけでゴルフパフォーマンス向上には限界があり、リアルと仮想現実の効果的な相互活用が必要である
  • 仮想現実を活用して、オルタナティブゴルフ(代替ゴルフ)としての発展を考慮する

※オルタナティブゴルフとして、グランドゴルフやパークゴルフが既にあり、シミュレーションゴルフも一種のオルタナティブゴルフといえる。
本来のルールや道具および体力的負荷を軽減することで誰もが楽しめるように改良されたのがオルタナティブスポーツ(代替スポーツ)であり、近年、高齢者などの健康維持や認知機能維持およびリハビリテーションとして注目されている。
また、タイガー・ウッズとローリー・マキロイが立ち上げた、テクノロジーを駆使したTGLゴルフリーグもゴルフ界の新しい取り組みとしてどのような波及効果が起こるのか期待されています(引用4)。

  1.  Naylor, C. E., Harris, D., Vine, S. J., Brookes, J., Mushtaq, F., & Buckingham, G. (2021, December 17). The Integration of Tactile and Visual Cues Increases Golf Putting Error in a Mixed-Reality Paradigm. https://doi.org/10.31234/osf.io/n963b
  2. Markwell, L. T., Cochran, K., & Porter, J. M. (2023). Off the shelf: Investigating transfer of learning using commercially available virtual reality equipment. PloS one18(10), e0279856. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0279856
  3. Brock, K., Vine, S.J., Ross, J.M. et al. Movement kinematic and postural control differences when performing a visuomotor skill in real and virtual environments. Exp Brain Res 241, 1797–1810 (2023). https://doi.org/10.1007/s00221-023-06639-0
  4. TGLゴルフ.jp TGLゴルフとは? – TGLゴルフ.jp (tglgolf.jp)