#48『非利き側でのパッティング』
2025年10月に開催された 女子欧州ツアーWistron Ladies Open(台湾・桃園市、Sunrise Golf & Country Club)において優勝を飾ったのは、台湾出身のプロゴルファー、ヤニ・ツェン(Yani Tseng)でした。
ツェン選手は2008〜2011年にかけて女子ゴルフ界を席巻し、5つのメジャー優勝を果たしましたが、その後低迷が続き、今回の優勝は11年ぶりの優勝となりました。
低迷の理由は、体の故障などもありましたが、パッティングのイップス症状が主な原因といわれています。
今回の優勝は、そのパッティングを非利き側である左打ちスタイルでおこない優勝したことに意義があります。
非利き側でのゴルフは、著者が長年興味を持ってきた分野であり、今回のようなケースを予期する論文を2019年に発表していたこともあり、プロレベルでの成功例が示され、非利き側活用の有効性を裏付けました。
今回は、その論文の一部を紹介します(引用1)。
研究概要
題名:「プロと初級者における優勢側スタンス(右)と非優勢側スタンス(左)の距離誤差比較」
comparison of stroke distance error from dominant and non-dominant putting stance in professional and novice golfers
実験方法
本研究では、プロゴルファー9名とアマ(初級者)11名を対象に、右打ち(優勢側:利き側)と左打ち(非優勢側:非利き側)の両方でパッティング精度を比較しました。
距離は2mとし、ボールを5cm四方の目標エリア内に停止させることを課題としました(図1)。
打球は右打ち15球・左打ち15球を1球ずつ交互に実施し、1日30球(各スタンス15球ずつ)を4日間継続しました。
したがって、1名あたり合計120球(右打ち60球・左打ち60球)を分析対象としました。

結果
図2では、アマとプロが4日間にわたって左右のスタンス(右打ち/左打ち)で練習を行った際の精度の変化を示しています。
結果として、左右どちらの打ち方でも2日目以降に誤差が小さくなり、目標に近づけられる精度が向上していることが確認されました。
特にプロの左打ちでは、初日から右打ちよりも誤差距離が短く、精確にパットできています。
しかも、練習日数を重ねるごとにさらに誤差距離は減少し、わずか4日間の練習であっても確実な上達が確認されました。
このことから、プロは非優勢側のストロークであっても短期間の練習によって距離や方向感覚を習得できる「適応力」が高いこと、そして左右の打ち方で距離や方向感覚の共通基盤をもっている可能性がうかがえます。
今回は「2mの固定距離」かつ「カップインではなく目標上に停止させる」という限定された条件で実施したため、得られた結果の解釈には一定の制約があります。
それでもなお、プロの左右パッティングの特徴を示唆する興味深い傾向が確認されました。

実践への応用
イップス対策
イップス症状がでた場合、ショートパットではプロならば比較的早く左打ちに転向できる可能性があります。
過去の論文によるケースレポートでは、右打ちのプロゴルファーがイップスとなり、心理療法や薬物投与では改善しなかったが、パッティングを左打ちに変更したところ、一過性ではあるが障害を消失したという事例報告があります(引用2)。
利き側交換の可能性
アマチュア・プロを問わず、利き手側に限定せずに打ち方を切り替えることは十分に可能であり、本人の主観的な「打ちやすさ」とは関係なく、誤差距離の結果がほぼ同じであったことからも、その有効性が示唆されます。
ルール上も、ショットは右打ち、パットは左打ちといった使い分けに制限はありません。
実際に、USPGAツアーではショットは右打ち・パットは左打ちで勝利したノタ・ビゲイ選手が知られています。
また、左右両面打てるようなパターであれば、ショートパットは左、ロングパットは右といったことも可能です。むろん、パターを左右で2本バッグに入れることも可能です。
また、右に曲がるラインと左に曲がるラインで左右を使い分けるようなアイデアもあります。
今後の展望
非利き側を活用するこのような視点や方法が広く認知されれば、イップス症状に苦しむ選手が早期に救済される可能性があります。
今回優勝したヤニ・ツェン選手も、新たに契約したコーチの勧めにより左打ちパットを試したことが転機になったと言われています。
もし彼女がもっと早い段階で非利き側のパッティングに取り組んでいれば、11年間続いた低迷を回避できた可能性も否定できません。
今後、このような非利き側パッティングの考え方が、より多くの選手や指導者に浸透していくことが期待されます。
引用文献
- Suzuki, T., Manabe, Y., Arakawa, H., Sheahan, J. P., Okuda, I., & Ichikawa, D. (2019). A comparison of stroke distance error from dominant and non-dominant putting stance in professional and novice golfers. International Journal of Golf Science, 7(1).
- McDaniel, K. D., Cummings, J. L., & Shain, S. (1989). The “yips”: a focal dystonia of golfers. Neurology, 39(2), 192-192.